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毒の夜

(Fri)

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 まるで水の中で
 息をしているみたい

 泳ぐように手を差し出すの
 灰色に透明な空気に向かって
 あなたがこぼした泡を拾うために
 気を抜けばたちまち
 のぼっていって消えてしまう 言葉たち

 ほんのすこし早く
 おいでなさい
 雨の日は音が早くたどり着くのだと
 誰かが言っていた

 赤い傘をぷかりと開いて
 息継ぎにまいりましょう
 湿気た空を吸い込んで
 ああ やっぱりまるで
 水の中で息をしているみたいに
 胸がくるしいの







 こんな季節の夜に思い切って息を吸うとなぜだか胸が苦しくて泣きそうになります。
 いい匂いだ。すごく好き。
 胸の内側からかりかり引っかかれるような、悲しいのか幸せなのか・笑いたいのに笑えないような不思議な気持ちに満たされます。
 雨が降っていたりするとなおさらいけない。もっと泣きそう。自分の体がどうして水じゃなくてニンゲンの質量を保っているのか、理不尽だと思ってしまいます。水になりたいのか?
 窓を開けて、匂いを嗅いでじっとしていると、途方もなく焦燥感に駆り立てられる。死にたくないけど、今すぐ飛び降りなくては、という気分になる。死にたくないけど!
 例えば飛び降りたとする。そうするとわたしは、一生にただ一度だけ空を飛ぶという経験をするでしょう。風を切って落下に任せて、そしてこの大好きな匂いに包まれて胸が苦しくて気持ちが良いでしょう。一瞬の間にすさまじい快感を味わうと思う。多分死ぬ程気持ちが良くて死んじゃうかもしれない。間違いなく死ぬのだけど。
 だけどわたしはその一瞬の快感のために、これから何年間もの間の何回もの夜を犠牲にできるのか?
 とそこまで考えて結局、想像する分には何回だって死ぬことはできるしその間好きなだけこの 胸の締め付けられる匂いを深呼吸できるのだから、飛び降りるのはやめにしておこうと思うわけです。
 一瞬の快感のために全部を捨てられるような大それた人間にはなれそうもありません。結局いつだって死んでしまいたいとか何だ言っておきながら死にたくないんだもの。それに今の生活はわりと楽しい。

 だからこんな季節の夜の匂いは体に毒なのでしょうね。


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